第十章 王妃ネフェルタリの墓

ラムセス2世の第一王妃ネフェルタリは、アブ・シンベル神殿が完成したとき、病にかかっていた。それから1年後、病状が悪化したネフェルタリは亡くなってしまう。ラムセス2世が50歳ごろのことであった。ネフェルタリは「最も美しい女性」を意味する。アブ・シンベル神殿の小神殿は彼女を記念したものである。小神殿の正面には、ラムセス2世とネフェルタリの像が同じ大きさで彫られている。それは異例のことで、通常、王妃の像は王のひざの高さをこえることはほおとんどない。「ネフェルタリは、夫であるラムセス2世に対して献身的な女性だったといわれています。ラムセス2世もネフェルタリには絶大な信頼をよせていたと思われます」(吉村博士談)。各地の遺跡に、ラムセス2世のかたわらにいるネフェルタリの姿がえがかれている。ネフェルタリは王が行う国家行事や宗教儀式などに常に参加し、外交活動も行っていたと考えられている。ラムセス2世は、ルクソール西岸にある王妃の谷にネフェルタリを埋葬した。ネフェルタリの墓は女性の墓としては最も大きく、全エジプト最高の美と称されている。この墓は1904年にイタリア人のエジプト学者アーネスト・スキャパレリによって発見された。他の墓同様に盗掘を受けていたが、その内部の壁は色彩豊かな美しい壁画で彩られていた。ラムセス2世は30人をこす王妃をもち、王宮には500人以上の女性が仕えたという。子供は130人以上で、うち王子は50人以上もいたという。ネフェルタリはラムセス2世との間に6~7人の息子と娘を産んだ。息子たちは長命なラムセス2世より先に亡くなり、ファラオにはなれなかった。アブ・シンベル小神殿の天井には、ネフェルタリにささげる碑文が残る。彼女は神格化された唯一の王妃であった。