第六章 アブシンベル神殿

「カディシュの戦いから16年後の紀元前1256年ごろ、ラムセス2世はヒッタイト王ハットゥシリ3世と和平条約を結びました。この条約は文書による和平条約としては人類の歴史史上はじめてのものです」(吉村博士談)。この歴史的な和平条約が結ばれた翌年ん¥、ラムセス2世の母トゥヤが亡くなった。紀元前1256年ごろ、かねてから建設をつづけていたアブ・シンベル神殿が完成した。ラムセス2世が49歳のころである。ラムセス2世は病身のネフェルタリをともなって、アブ・シンベル神殿の儀式に参加した。アブ・シンベル神殿はナイル川の河口から約1500キロメートルの上流の左岸に位置し、「ヌビア」とよばれる地方にある。岩の中につくられた「岩窟神殿」で、ラムセス2世を記念した大神殿、王妃ネフェルタリえを記念した小神殿からなっている。アブ・シンベル神殿は、ギザにあるピラミッドにも対比される巨大な建築物だ。正面の高さは約38メートルあり、完成当時には、砂岩でできた高さ約20メートル(台座を含まない)のラムセス2世の座像4体が並んでいた。中に入ると4つの室が縦につながり、奥行きは63メートルにも達している。アブ・シンベル大神殿の最も奥にある至聖所の祭壇には、4体の神像が彫られている。1年に2回、2月20日ごろと10月20日ごろに朝日が至聖所にまでさしこみ、3体の神像を照らしだすように大神殿はつくられていた。その日、太陽が昇るにしたがって、朝日は大神殿を上から下へゆっくりと照らしていく。