第三章 アメン神殿

カルナク・アメン大神殿完成予想復元図。アメン大神殿は歴代のファラオたちによって増築や改築が行われた。ラムセス2世は、父王セティ1世のあとを引き継ぎ、1285年ごろに大列柱室を完成させた。このイラストでは、第一中庭から大列柱室までの手前半分を透視してえがいている。最も手前の第一塔門が完成したのは、ラムセス2世よりあとの時代である。

ラムセス2世がルクソール(上エジプト中部)にあるアメン大神殿の大列柱室を完成させたのは、彼が20歳ごろ(前1280年ごろ)のことでした。同じ年。ルクソールの下流にあるアビドスに自身の神殿を建造しはじめています。すでに17歳のころからラムセス2世は父ケティ1世と共同統治を行っていました。「セティ1世は非常に好戦的なファラオで、約12年間の在位中に何度も軍事遠征を行いました。ラムセス2世はその軍司令官として数々の勝利をあげ、紀元前1288年ごろに共同統治者となったのです」(吉村教授談)。ルクソールは以前「テーベ」とよばれていました。テーベは中国王国時代に首都として登場し、新王国時代にも首都として発展しました。ここにはカルナク神殿とルクソール神殿という古代エジプトを代表する神殿があります。カルナク神殿は何代にもわたるファラオたちによって増築や改築がくり返され、今日のような広大な神殿となりました。複数の神殿からなるカルナク神殿の中核をなすのが、アメン大神殿です。アメン大神殿の大列柱室は、古代エジプト建築史上傑作の一つといわれています。高さ約12メートル(中央の2列12本)と約13メートルの2種類の巨大な円柱が、幅約100メートル、奥行き約50メートルの空間に134本も並び、見る者を圧倒します。大列柱室の建造は、第19王朝最初のファラオである祖父ラムセス1世(在位約2年)がはじめ、父セティ1世が引き継ぎました。そして紀元前1285年ごろ、ラムセス2世が第列柱室を完成させたのです。それから6年後の紀元前1279年ごろ、セティ1世が死去しました。それと同時にラムセス2世の単独政治がはじまり、偉大なるファラオの第1歩が踏み出されました。